一日一禅語プロジェクト



今、私のプログレスの月が12ハウスにいて、もともとネイタルの月も12ハウスなので、隠れていたいと言う潜在意識が幅をきかせて、目立ちたい獅子座のICとオリジナルを目指したい水瓶座のMCがそれぞれせめぎ合いをしていて、なかなかしんどい状態が続いていました。(いきなり星の話、わかりづらくてすみません・・・)

その上、色々な人生のターニングポイントが目白押しのここ数年・・・。
大人の女の人のお年頃もあり、体調不良などもあり、エネルギーレベル低空飛行のまま、世界を旅しておりました。


けれど、本来とっても強い私(笑)


エネルギーレベルが回復して、やっと自分からアクションを起こしたい気分になり、内側から創造性への意欲が出てくるようになりました。そして、未知の世界に出て行く覚悟もできたようです。


と言うことで、一日一禅語プロジェクト始めました!


今日で26日目ですが、禅語は5,000語近くあり、毎日創造しても、10年以上かかります。


いつまで意欲が続くかはわかりませんが、「楽しい!」と思う限り、毎日続けていきたいと思っています。

生きる知恵と癒しの詰まった禅語を飾る。
季節のお花と緑で彩る。
そんな暮らしを提案したく、始めたプロジェクトです。

私自身が、毎日自分の書とお花で癒されています。
(自画自賛。。。大事です)



ぜひぜひ、インスタフォローお願いします!


https://www.instagram.com/yukoyuko828/

写真は、17日目。344いいね!をいただきました。
見てくださってありがとうございます!

ルーマニアでワークショップをします!



世界で最も尊敬される日本人として知る人ぞ知る武道家の初見良昭先生とのご縁をいただいたのが、2017年梅の花が咲き誇るころ。
先生の道場戯画展をきっかけに、千葉県野田市にある武神館本部道場をしばしば訪れて、先生とコラボ作品を作ったり、昨年出版された『初見良昭道場戲画 天』に寄稿文を書かせていただいたり、編集に携わったりしてきました。

そんな流れの中で、ルーマニアで武道の道場を運営しているCristian Laiber先生が声をかけてくださり、8月にルーマニアに行くことになりました。

10月にフランスでの展覧会が控えているというのに、その前にルーマニア!?

私の行動はたいてい、計画的なようで無計画。ピンときたらすぐに行動。わからないけど、気になるのなら行ってみる。そうやって、フランスやイタリア、アルジェリア、ブルキナファソと、活動の範囲を広げてきました。

それが良いのか悪いのかわかりませんが、2013年の夏、20代で諦めた書道家への道をもう一度歩もうと決めてから、作ってきた道は、他の誰にもできないことであることは間違いありません。

そんな話はまた別の記事で書くことにして、今回は、ルーマニアのこと!

ルーマニアと聞けば、大抵の日本人なら
「ドラキュラ」や「コマネチのかつての体操王国」
「チャウシェスクの共産国→革命→ヨーロッパ最貧国」という暗いイメージがあるのではないでしょうか。

私も同じでした。

ルーマニアとのご縁をいただいてから、私なりにルーマニアについて調べたところ、
ールーマニアという国名は「ローマの人の土地」という意味であること
ールーマニア語は、イタリア語、フランス語、スペイン語などと同じラテン語系で、民族もラテン系であること
ーあの衝撃的なチャウシェスク大統領の公開処刑のルーマニア革命は1989年であったこと
ー革命後の混迷の時代に多くの子どもたちがホームレスになり、マンホールの下で暮らす人たちがいたこと
ー2007年にEU加盟したこと
ートランシルヴァニアには美しい自然があること
ー日本の昔話のような、バラーダと呼ばれる口承民話があること
ールーマニアの森には美しい修道院が点在していること

などを知りました。

そして、首都ブカレストは小さなパリと呼ばれていたこともあり、パリのとそっくりな凱旋門もあるそうです。

この方のInstagramにはルーマニアの美しい写真がたくさん投稿されています!
Alex Robciuc (@alexrobciuc

初めてのルーマニアへの旅はほんの1週間。

武道を学ぶ方達への書道のワークショップは、私の主宰する瀀墨書道教室でお伝えしている「心と身体を整える」ことから始まり、「道具を信頼して道具にゆだねる」など、普通の書道教室とはちょっと違った内容がぴったりです。

ルーマニアの武道家の皆さんとお目にかかるのが今から楽しみです!

10月フランスで展覧会します

2年越しで計画して来たフランスでの展覧会がいよいよ10月に迫って来ています。
友人であるフランス人紙漉き職人のBrunoが住むPérougesという小さな村にあるLa MACという一軒家ギャラリーを貸し切っての展覧会は10月1ヶ月間開催されます。

この展覧会に参加してくださるアーティストは、黒谷和紙紙漉き職人であり、画家であり、空間アーティストと、多才なハタノワタルさん。そして油絵を専攻、ゲーム会社でデザイナーをしていた現代書家の中村美帆さんです。

こんな才能豊かなお二人が、私が企画する展覧会に参加してくださるなんて!

この展覧会、La MACが企画展として招待してくれるので、会場費や宣伝費、滞在費はかからないのですが、渡航費や運搬費、その他の経費は個人持ちです。
そのため、国際交流基金に助成金を申請していますが、結果は渡航するまでわかりません。

そんな、決して好条件ではないお誘いにも、お二人が「やろう!」と言ってくださったこと、とてもありがたく思っています。

だからこそ、フランス人をあっと言わせる展覧会にしたい!

展覧会のタイトルは「Rencontre」(出逢い)

出逢いにはいくつかの意味を含ませています。
・フランスと日本の出逢い
・異文化との出逢い
・一期一会の出逢い 
・言葉との出逢い
・五感との出逢い

私たちは、フランスの中世の村Pérougesで今まで見たことのないお茶室を作ります。

言葉と五感が出逢い、ありのままの「私」がありのままの「あなた」と出逢う空間。

イメージ作りのために、小さなお茶事をハタノワタルさんに体験していただきました。

初めてのお茶事に緊張気味だったワタルさんですが、空間に散りばめられた心に感動していただいたご様子。茶の湯の世界にようこそ!
この体験から10月、フランスでどんな空間が生まれるか、ワクワクが止まりません。






私の無理なお願いを快く聞いて、心温まるお茶事を催してくださった高岡宗裕先生。パリにお住まいで、私も毎回パリに行く度に楽しいひと時をご一緒しています。夏休みで帰省中のところ、忘れられない茶事になりました。ありがとうございました。
また10月にフランスで!

ハタノワタルというアーティスト

ワタルさん、いきなりタイトルで呼び捨てにしてすみません。
最近、企業やお店やタレントに「さん付け」をする人が増えていますが、(高島屋さんとか、ダウンタウンさんとか・・・)それって、丁寧さを出しているのかもしれませんが、確固とした固有名詞がブランドになっている場合は、逆に呼び捨てにした方が敬意を示しているように思います。さん付けにすると相手を近い存在にしているような・・・。
誰も「レオナルドダビンチさん」とか、「夏目漱石さん」とか言いませんよね?

それはさておき、私もワタルさんとは普段はお友達として接していますが、ことアーティストとして心から尊敬しているので、あえて少し距離を置いて「ハタノワタル」と、呼び捨てで呼ばせていただきます。

そんな「ハタノワタル個展」に行って来ました。
山梨県にあるevam eva yamanashi
http://evameva-yamanashi.com/

特急あずさに揺られ、その揺れの激しさで少し平衡感覚を失いながらもたどり着いたところは、富士山の頭だけがかろうじて見える、山々に囲まれたのどかな田舎。そんな何もないところに突如として現れたセンスの良い建物。かつては古民家だったのでしょうか、和のテイストを保ちながら、スタイリッシュな建築が目を引きます。

衣食住の三つの柱を独自の視点で提案した3つの建物で構成されていて、その中の一つの建物の中で、「ハタノワタル展」が開催されていました。

これまでも、何度か「ハタノワタル展」に伺ったことはありますが、これほどまでに大きなスペースを使った展示は初めて見ました。
一歩中に入ると、もうそこは「ハタノワタルワールド」。

シーンとした静寂の世界。それでいて、紙の持つ暖かさ、幾重にも重ねられた絵画の深み。多くを語らないのに自分の内側と対峙させられるようなある種の出会いを感じるのは、手漉きの紙がそうであるように、細かな繊維が何層にも重なり合って一つのものを作り出しているからなのか・・・。

アーティスト「ハタノワタル」が友人の「ワタルさん」となった時、オープンで自然体、人としてとてもバランスの取れた成熟した大人を感じさせてくれます。


こんなすごい人と、なんと、今年の10月、フランスで一緒にアート展を開催することになりました!
約2年越しで計画して来たプロジェクトです。
一軒家の現代アートギャラリーを一ヶ月貸し切ってのアート展。
ワタルさんにアートディレクターをお願いして、もうお一人、滞在時間3時間という今日の弾丸山梨行きに付き合っていただいた、現代アート書道家の中村美帆さんと3人で、”Rencontre” (出逢い)をテーマに展示します。

ここまで来るのには6年の月日がありました。
これまでの集大成とも言える今年のプロジェクト。
徐々にお知らせしてまいります。

ハタノワタル
https://www.instagram.com/hatanowataru/?hl=ja

中村美帆
https://www.instagram.com/mihonakamuratokyo/



大使の手紙

嬉しいお手紙をいただきました。
在ブルキナファソの日本大使である池﨑保様からの手書きの美しいお礼状です。
大統領ご夫妻との関係が昨年以来深くなっているとの嬉しいお知らせもありました。
写真は大統領御一行を招いての公邸での食事会の模様です。テーブルの横に私の「一期一会」の掛け軸を飾ってくださっています。

「一期一会」はまさしく外交の本質であると、この寄贈をとても喜んでくださっていて、シンプルな言葉の持つ力を感じます。

あまりにも有名で、ややもすれば使い古された四字熟語のような感もありますが、私の大好きな禅語の一つです。

全ての出会いは一度きりです。今日の私と明日の私でさえ、同じではありません。あなたという人と、今日の私で出会えるのは今日この時だけ。もちろん、明日のあなたも今日のあなたとは違います。旧知の人であっても、同じ出会いはありません。


そんなつもりで今ここを生きていると、自然と人生の質も高くなるのではと思いませんか?

こうして美しい手紙をいただき、「書く」という行為もまた、人生を豊かにしますね。さすがは日本国を代表する大使です。

ビジネスマン向けに、巻紙で書くお手紙ワークショップなんて、やってみようかという気になっています。

















令和の書

新しい元号が発表されました。
生中継を見ていましたが、この書を見た途端、身体が震えるような感動を覚えました。気品溢れ、清廉で、力強さの中に女神(じょしん)のような慈悲に満ちた高貴な優しさを感じ、目から涙がこぼれ落ちました。

書を見てこれほどまでに感動したのは生まれて初めてかもしれません。

どなたがお書きになられたのかわかりませんが、書が持つ力というものを改めて教えていただいたように思います。

新しい元号に寄せる人々の期待、希望を乗せて、これからの日本国を表すような高い波動の高貴さの光を発する書。

ネット上では「命令の令」だとか、「上から目線で国民を従わせる元号だ」などと書き込みもあるようですが、私にはこの「令」という漢字は素晴らしく高貴なイメージが先に立ちます。

「令」を「いいつけ・命じる・おきて」などと言う意味に取るか、「良い・敬称」と取るか。出典の万葉集は「令月」。ここは素直に「何をするにも良い月・めでたい月」と言う意味と捉えようではありませんか。


この書が持つ素晴らしく美しい波動のように。





鎌倉Life Studio 2回目の展示会

第2回目の瀀墨書道展示会を3月23日、24日に鎌倉にて開催しました。
足を運んでくださった皆さま、ありがとうございました!


第一回目の展示会は2017年の11月でした。
2015年から毎年秋はヨーロッパ(主にフランスで、時々イタリア)に滞在していて、この年も帰国後すぐの展示会だったことを覚えています。
↓がその時の模様です。
凧に思い切って書いていただいた作品が目玉でした。


今回は、コースターやランチョンマット、お箸袋など、普段の暮らしで使える作品を可愛く飾ったり、私の作品もピンクの掛け軸だったり、お花も添えてカラフルで華やかな展示会となりました。

書道と一言で言っても、王道を行く書壇に属したほぼ体育会系の書道、大学を母体とするアカデミックな書道、小中高の授業や部活での書道、アート性を高めた前衛的な書道、現代アートに参戦しているアート書道、デザイン書、商業書道・・・などなど、様々な分野があります。

私の書道はどの分野に入るのかと聞かれたら、ちょっと答えに詰まってしまいます。

(財)日本書道教育学会で書道の基本を学んで、師範の免状をいただいたのはもう何十年も前。今は師匠もおらず、なんのバックグラウンドもありませんが、そんな何もない私だからできる書道を続け、作品を生み出し、書道の楽しさを伝えて行こう!

私自身が進化しながら。
私にしかできないことを。

2回目の展示会を終えて、生徒さん達や、駆けつけてくださった方達の笑顔をみて、改めて決意した春の日でした。


新しい一年の始まり

七十二候では今日は第十候の「雀はじめて巣くう」です。
そして、もちろん春分であります。
春分の日とは、太陽が一年をかけてひと回りし、スタートである牡羊座に戻ってくる日で、占星術では今日が新しい一年の始まりとなります。
久しぶりの更新なのに、ついつい大好きな占星術の話になってしまいましたが、こちらは書道家としてのブログなので、星の話はここでストップといたしましょう。

昨年は、ブルキナファソで行われたSIAOの日本大使館ブースで書道と茶道のご紹介をするという大きなプロジェクトがありました。
ブルキナファソからフランスに移動して、「Bunka no Hi」という文化イベントにも参加、リヨンでは今年のプロジェクトの段取り、帰国後は報告会が待っていたりと、9月から12月までは嵐のようでした。

精神的にも体力的にもきつく、まとめをしようと思いながらも、なかなかブログが書けずに今日まで来てまったのも仕方ないよね、と自分を甘やかしてきました。

けれど、今日という新しい一年の始まりの日に止まっていたものを動かさない手はありません!

心新たに、大きな目標を掲げて、その目標を旗印に、ブレずにまっすぐ前を見て歩くと言う誓いを立てるのには最善の日です。

というのも、私、同時にいくつものことをしている方が仕事がはかどり、やる気も出て成果も上がるという性質で・・。
そして、興味の対象が多岐に渡り、脈絡のないものを同時にこなしたり、転がる石のように変わっていく・・・そういう人をマルチポテンシャライトと呼ぶそうですが、今後数年間はマルチを封印し、書道を真ん中中心に置いてお仕事をしていくことにしました。

とは言っても、お茶もお花もフランスも、占星術もスピリチュアリズムも、食もフリーアナウンサーのお仕事も、ダンスや手仕事に着物とか、大好きなことが多すぎて、本当にひとつに絞れるのか。

いろんなことができるのは素敵なことだから、何も一つに絞らなくてもいいんじゃない?という声も聞こえて来そうですが、あえてここで「高さを出す」ということをやってみようと思います。

それもこれも人生の質を高めるため。
本当の魂の喜びを、肉体を持って体験するため。


まずは、新年、新たなスタートです!








私とフランスと書

約1ヶ月前に日本を経って、あと2回(飛行機の中を入れたら3回)寝たら、日本の我が家です。
私が初めてヨーロッパの地を踏んだのは2006年。ドイツとオランダでした。2回目のヨーロッパはそれから5年後の2011年。初めてパリに来たのもその旅行の時でした。

そもそも、私は学生の頃から、英語が話せるようになりたいとアメリカに憧れ、アメリカに住むことを夢見ていました。何度か留学を試みたのですが、親の反対に遭い、その夢は叶いませんでした。

「親のせい」で果たせなかった夢。

けれど、それは本当でしょうか?

「親のせい」にして、夢を叶える事へ制限をかけていたのは私自身だったと気づいたのは、つい数年前の事でした。

留学できなかった事を根に持ったり、コンプレックスに思ったりしながらも、その状況を利用して英語を身につけたと言っても良いでしょう。闘いモードにならなければ、スイッチが入らないのでしょうか。

ある時を境に、できるだけ自分への制限をかけるのをやめ、自分に我慢させず、闘わずとも夢は手に入れられるのだと言う意識に書き換える事を始めました。

2011年、初めてフランスの地を踏んだ時は、BonjourとMerciしか言えず、1人でメトロに乗ることもできませんでした。初めてのパリは魅力的で、方向音痴の私が、地図を片手にてくてくと歩き回り、迷わずに目的地に辿り着けていたのは、もはや奇跡としか思えません。

その後、人生は思いも寄らない展開をし、次にフランスの地を踏んだのは2013年。その時はパリには降りず、ジュネーヴ経由でフランスのアルプスの山で約3週間を過ごしました。美しい自然。子どもの頃に夢見ていたハイジのような暮らし。素朴で実直で穏やかな田舎の人々。シンプルな食事。全てが一時の夢の体験で終わらせたくないものばかりでした。

その時、日本文化に心酔するフランス人の方達と一緒に書道をする機会もあり、私自身、心からの喜びで満たされていることに気づきました。

その頃は、まだ書道はかつて夢中になっていたものであり、捨てた夢の一つでもありました。

そして、決めたのです。

もう、「誰かのせい」にして、自分の夢を叶えないための制限をかけるのはやめようと。

それから5年。自分の足で歩き、一歩ずつ。たくさんの人たちの出逢いに助けられ、私の歩んで来た道ができました。

これからも未知の冒険の旅をしながら、私の道を作って行くのだなと、秋色のパリを歩きながら思った今日でした。

 

写真はAuvernge地方のシャンボン湖と、ピュイ・ド・ドームから見た風景です。

 

週刊新潮に掲載されました

10月21日に日本を経って、パリ→ブルキナファソ→パリ→ヴァランス→オーベルニュ→ペルージュ→リヨンと大移動し、今はパリのアパルトマンに滞在しています。
その土地土地で知人の家に滞在していましたが、最終地のパリに来て、1人の時間を楽しんでいます。
旅のご報告は後ほどゆっくりするとして、今日の投稿は雑誌掲載のお知らせです。

この春、ご縁あって写真家中野晴生さんに写真を撮っていただく機会がありました。大阪堺にあった実家を取り壊すことになり、その前に思い出深い家での撮影をお願いしました。お忙しい中、スケジュールを調整して、伊勢から堺まで車を飛ばして来てくださり、撮影となりました。

まる1日かけての撮影は、とてもリラックスした空気のなか行われ、実家を取り壊す前の感傷に浸る間も無く終わりました。

撮影の時は、まさかその時の写真が雑誌に掲載されるなど想像もしていませんでした。

それから数ヶ月。

ちょうど日本を発つ日、羽田空港で今から搭乗と言う時に週刊新潮の方からお電話があり、その時は取材にお答えする時間がなかったため、パリに着いてから、日本からお電話をいただいてのインタビューとなりました。

発売されるまで、記事の内容はわからなかったのですが、さすが記者の方はうまくまとめてくださいます。
大きな節目となったブルキナファソでの国際交流、フランスでのイベントがあったこの時に、こうして活字になった事は、私にとって大きな励みとなりました。

推薦してくださった中野晴生さんに感謝でいっぱいです。
帰国して、雑誌を手に取るのが今から楽しみです。