私とフランスと書

約1ヶ月前に日本を経って、あと2回(飛行機の中を入れたら3回)寝たら、日本の我が家です。
私が初めてヨーロッパの地を踏んだのは2006年。ドイツとオランダでした。2回目のヨーロッパはそれから5年後の2011年。初めてパリに来たのもその旅行の時でした。

そもそも、私は学生の頃から、英語が話せるようになりたいとアメリカに憧れ、アメリカに住むことを夢見ていました。何度か留学を試みたのですが、親の反対に遭い、その夢は叶いませんでした。

「親のせい」で果たせなかった夢。

けれど、それは本当でしょうか?

「親のせい」にして、夢を叶える事へ制限をかけていたのは私自身だったと気づいたのは、つい数年前の事でした。

留学できなかった事を根に持ったり、コンプレックスに思ったりしながらも、その状況を利用して英語を身につけたと言っても良いでしょう。闘いモードにならなければ、スイッチが入らないのでしょうか。

ある時を境に、できるだけ自分への制限をかけるのをやめ、自分に我慢させず、闘わずとも夢は手に入れられるのだと言う意識に書き換える事を始めました。

2011年、初めてフランスの地を踏んだ時は、BonjourとMerciしか言えず、1人でメトロに乗ることもできませんでした。初めてのパリは魅力的で、方向音痴の私が、地図を片手にてくてくと歩き回り、迷わずに目的地に辿り着けていたのは、もはや奇跡としか思えません。

その後、人生は思いも寄らない展開をし、次にフランスの地を踏んだのは2013年。その時はパリには降りず、ジュネーヴ経由でフランスのアルプスの山で約3週間を過ごしました。美しい自然。子どもの頃に夢見ていたハイジのような暮らし。素朴で実直で穏やかな田舎の人々。シンプルな食事。全てが一時の夢の体験で終わらせたくないものばかりでした。

その時、日本文化に心酔するフランス人の方達と一緒に書道をする機会もあり、私自身、心からの喜びで満たされていることに気づきました。

その頃は、まだ書道はかつて夢中になっていたものであり、捨てた夢の一つでもありました。

そして、決めたのです。

もう、「誰かのせい」にして、自分の夢を叶えないための制限をかけるのはやめようと。

それから5年。自分の足で歩き、一歩ずつ。たくさんの人たちの出逢いに助けられ、私の歩んで来た道ができました。

これからも未知の冒険の旅をしながら、私の道を作って行くのだなと、秋色のパリを歩きながら思った今日でした。

 

写真はAuvernge地方のシャンボン湖と、ピュイ・ド・ドームから見た風景です。

 

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